「家族の利益」を重んじるマルタ社会が生み出した政治汚職スキャンダル

お知らせ

このブログに取り上げたマルタ人ジャーナリストのダフネ・カルアナガリチア氏が、2017年10月16日、車爆弾により暗殺されました。詳しくはこちらのブログをご覧ください(このブログは2017年4月に公開したものです)。

暗殺されたマルタ人ジャーナリストに思うこと

 

現在マルタ共和国の政治が大混乱しているのをご存知ですか。一国のターニングポイントともなりうる大きな政治汚職疑惑が、次々と暴露されています。私はマルタに6年間住んでいたので、知り合いのマルタ人や友達のことを考えるとネットから目が離せません。

国内では錯乱する報道にぐつぐつ煮えたぎっている状態ですが、今のところ、国際的なニュースとしては取り上げられていないようです。無論日本語でも一切見当たらりません。

ということで、今回は、私が日本のメディアを先取りしまして1)現在マルタで大問題になっている政治スキャンダルについて、2)そんな事態に行き着くに至ったマルタ社会の背景について、在住経験などを踏まえながらお話しようと思います。

少し長いブログになりますが、マルタ共和国に興味のある人や観光や留学を検討している人は、ぜひ読んでください。

昨年、与党である労働党のトップ政治家(Konrad Mizzi)と首席補佐官(Keith Schembri)の2人が、パナマにオフショア会社をそれぞれ個人名義で所有していることが「パナマ文書」にて明らかになりました。その時政党は疑惑をうやむやにすることに成功したのですが、先週(4月20日)ジャーナリストのDaphne Caruana Galiziaが、所有主が不明だった3社目の名義がジョセフ・ムスカット首相の奥さんだったこと、それらの会社の取引先銀行がマルタに存在すること、アゼルバイジャンから取引先銀行に100万ユーロもの不透明な送金があったことなどを暴露しました。また、この銀行にはアゼルバイジャン大統領の家族やアンゴラなどの外国人顧客が存在することがわかっています。現在このブログを書いている最中も、次々と新たなスキャンダルが明るみに出てきています。パナマ文書の取り調べを要求されたマルタの警察本部長が過去に2度も変わっていることから、首相を含む与党トップがこの汚職を封じ込めていたことが示唆されています。

マルタが国のパスポートを販売しているのをご存知ですか。マルタ国籍を得ることは、EU国民になることです。つまり、EU圏内の国ならどこにでも自由に住むことができ、国民と同様の権利を得ることができます(Freedom of Movement)。よって、ロシアや中国などの金持ちがこぞってマルタのパスポートを申請し受領されています。このパスポート販売に首相官邸にデスクを持つ(あるいは持っていた?)会計士(Brian Tonna) が関与していて、一件につき10万ユーロの見返り金を受け取っていたことがわかりました。この会計士は、上記に述べたパナマのオフショア会社を、2013年に政権交代があったタイミングで手配した人間でもあり、マネーランドリー(資金洗浄)と脱税対策を複数の政治家と共謀した一人だという疑惑が持ち上がっています。

首相の奥さん名義の会社がパナマ文書で暴露されたこと、そして、一連の疑惑に首相の側近が関わっていることから、ムスカット首相自身も認知し共謀していたのではないかと言われています。もちろん本人はシラを切っていますが。

他にも、アゼルバイジャンや中国とのエネルギー関連の取引がトップレベルでのみ行われたこと、ゴゾ島の総合病院含む3病院がVitals Group Healthcareという突然設立された会社に買収され、その取締役がカナダBC州で不動産投資詐欺罪があるインド系カナダ人であることなど、内容が公開されていないプロジェクトや怪しげな裏取引が多く存在します。むろん議会で正式に審議されたこともありません。明らかに汚職疑惑感たっぷりの事例が、マルタではほったらかしの状態なのです。

それでは、ここからマルタ社会全体についての話に移ります。

私は、上記のようなずさんな事態に至った根底にあるのは、人類学者のジェレミー・ボワセベン(1928-2015)が提唱した”Amoral Familism”「道徳観念のない家族主義」を尊重する国民性が根底にあるからではないかと考えています。彼が初めてマルタのフィールドワークをしてから70年近く経ちましたが、マルタ社会を一言で表すなら、この概念が今でもぴったり当てはまるのではないかと思います。

マルタ人は、家族と親戚の繁栄を最も大切にします。誰だって家族が一番大事だ、と思うかもしれませんが、マルタ社会では、縁故の重要性が特に顕著です。ものごとの決定基準は、家族にとって利益となるか、不利益となるかです。”Amoral”「道徳観念のない」というのは、他人の犠牲を払ったり道徳的に誤ったことでも、家族のためなら正当化してしまう風潮を指します。人のため、地域の繁栄のため、あるいは、将来を見据えて行動するというような視野を持つ人はごく少数派です。

これに加えて、各地域を支配する教会と政治家がいます。マルタはカトリック教の国で、350以上の教会が存在します。1960年代までは教会の政治的影響力が強かったのですが、それに不服だった労働党がその役割を奪いました。現在、与党の労働党(党を象徴する色は赤)と、野党である国民党(こちらは青)の2大政党が存在します。ここにも「家族主義」が反映されています。国を動かす与党を支持する国民にはあらゆる恩恵がありますが、野党を支持する国民は職を失い、プロジェクトや契約を打ち切られ、社会的に力を失います。

よって、マルタでは、「学力・実力・経験」は2の次、3の次で、それ以上に、どれだけ影響力のあるコネをもっているかがとても重要なのです。

政治家は、自分に投票してくれる人に様々な施しをします。政府は金も仕事も明らさまに協力者にばらまきます。前回行われたマルタ選挙(2013)の投票率は95%、世界でもトップクラスです。それはなぜか。政治力を濫用する政治家が多く、それが自分の生活に切実な影響を及ぼすからです。自分が支援する政党が勝てば、何かしらの利益が得られるという一種の「契約」があるのです。

縁故はもちろん、自分の肩を持ってくれる人や直接関りがない人の不正は見て見ぬ振り”look-away”をします。うわさ話は近所同士でしっかりしますが、例えば、不正行為を通報したり本人に指摘したりすることは避ける傾向があります(個人的にマルタの日常生活の中で見聞きしました)。小さな島故に、誰が誰とどのようにつながっているか判りにくいのも原因です。例えば、親戚の息子の上司がする不法行為は、「触る神に祟りなし」とばかりに見て見ぬ振りをするでしょう。チクったのが理由で親戚がクビになったら大変ですから。

この「道徳観念のない家族主義」が、マルタのあらゆる社会階層で見受けられます。例えば

  1. 政権交代があった時、私が住んでいた村の薬局の従業員までもが総入れ替えした。理由を聞いたら「政権が変わったから」との返事。
  2. 上記に挙げた首相の側近政治家(Konrad Mizzi)が、上下水道を管理する政府施設に150名の追加採用を手配。採用者全員が政治家自身の選挙区出身者だった。
  3. マルタ人女性はお掃除マニアと言われているが、綺麗にしているのは自分の家の中だけ。外では平気でポイ捨てをする。親や学校の先生もゴミを捨てる子供を注意しない。無料の回収サービスがあるにも関わらず、粗大ごみの無断投棄で郊外はゴミの山。
  4. EU調査によると、マルタのブラックマーケットの割合はトップクラス。日常的に現金払いの商売が多く、脱税にも寛容な社会。例えば、家賃は現金払いをしている人がほとんど。大家さんが脱税してアパートを賃貸しているからだ。みんなそれを知っているけど、誰も摘発したりしない。

ここまで読んでくださった方は、もしかしたら「日本だって同じようなものだ。。。」と感じている人もいるかもしれません。確かにどの社会でも上記のような事例は存在します。でも、マルタのケースは半端なく、しかもあからさまにやってのけます。日本人ならこそこそ隠れてするような「不道徳的」行為も、マルタでは、この歪曲した家族主義により全てを正当化してしまうのです。

だから、ここまで汚職がひどくなり、国民も見て見ぬふりをし、国の世界的信用を失いかねない事態が起きているのではないかと思います。

皮肉なことに、現在マルタはEU理事会議長国を務めています。

今後、国民がどう判断し行動するのか、私はとても興味があります。個人の利益、不利益や、政党がどうとかなどを越えて、国の将来のために不法行為を正すことができるのか。労働党は、これらの汚職事件を”Red vs Blue”の政党戦いにすり替えようとしています。これだけ証拠や背景が明らかになっても、開き直った首相の傲慢な言動を支持する人が存在します。

このままズルズルいくと、国の政治はもちろん、経済に大きな打撃を与えるでしょう。マルタに存在する数多くのオフショア会社は退散し、不動産産業も低迷するでしょう。国の信用をなくせば経済だって混乱し、銀行だって大きな損害を受けます。

これらのことが日本で大きく取り上げられることはまずないと思います。ひきつづき、日本のメディアが映し出すエメラルドなマルタのイメージ(太陽、ビーチ、猫など)が崩れることはないでしょう。勢い増す日本の「マルタブーム」に水をさすわけではありませんが、マルタと6年間向き合った末、いいこともdirty laundry(内輪の恥)も見てしまった日本人として、やっぱり伝えずにはいられないという心境でこのブログを書きました。

マルタについて詳しく知りたい方は、こちらのリンクをチェックしてみてください(英語で閲覧できます)。

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