どう高める?翻訳者としての市場価値

私はあるテック企業でローカリゼーションの仕事をしています。簡単に言うと、本社が英語で作成するコンテンツを日本のマーケット用に準備する仕事です。会社の製品や機能の使い方を説明するヘルプセンター、エンジニアがツールを実装するためのマニュアル、プレスリリースや営業のプレゼン用スライドなど、いろんなタイプのコンテンツを取り扱います。

毎日やりがいがあって充実していますが、仕事で使っているCAT(翻訳支援)ツールやAI技術が搭載された機械翻訳のクオリティをみると、正直これからいつまでこの業界で食べていけるのかどうか心配でもあります。

フリーランスとして働く人にとっては、状況はもっと切実かもしれません。人がマニュアルで翻訳したら数時間はかかる3,000 wordsのコンテンツを、無料の翻訳ツールが一瞬のうちに訳してしまうのですから。

そこで今回は、急変する翻訳業界で翻訳者が今後どのように市場価値を高めていけるかを考えました。

(*ここでは産業翻訳の分野に限定します)

  1. 特定の専門分野を見つけよう

同じ翻訳者でも、業界に詳しい人とそうではない人の翻訳はだいぶ異なります。私もエージェントに下訳を依頼する時がありますが、業界用語を把握している人の翻訳は一目りょう然です。昔と比べて翻訳者の数は確実に増えましたが、特化した業界のコンテンツに精通しているだけで市場価値が上がります。産業翻訳の場合は範囲がとても広いので、得意分野をいくつか身につけておくと有利です。

2. 機械翻訳とCATツールをうまく使おう

翻訳のスピードとクオリティを上げるには、どんな技術でも活用するべきだと思います。機械翻訳の欠点をあら探しして人間が翻訳する利点を挙げたところで、まったく意味がないからです。取り扱い先によってはCATツールを提供してくれる場合もありますが、時にはDeepLなどの機械翻訳ツールを使うのもありだと思います。自分では思いつかなかった名訳に出会うこともあるので、自信がない時は翻訳ツールでチェックしてみてください。ただし、誤訳や訳抜けもありますので、決してコピペはせず、一文づつしっかり見直すことが大事です。

3. 何よりもスピードが命

進化のスピードが早い世の中、要求される納品のスピードも早くなってきています。4,000 – 5,000 words 程度の英和翻訳なら、翌日に納品、という場合も少なくありません。特に、マーケティングやPR関連のコンテンツは、ソース言語のコンテンツが完成するのがぎりぎりで、リリースまでのスケジュールが短く設定されている場合があります。フリーランスで仕事をする場合は、自分の作業時間の管理とツールの確保が重要ポイントです。

4. 最新ツールに精通しておこう

ローカリゼーションの仕事の多くは、翻訳やレビュー作業よりも、コンテンツの公開や依頼者に送りとどけるまでのワークフローに大きな時間を費やします。例えば、会社のWebコンテンツなら、CMSに記事をアップロードしてページを準備し公開するまでの作業です。テック業界で働く場合は、ヘルプセンターやGithubのアップデートを担当するかもしれません。コンテンツがPDFやセールス用のスライドだったとしたら、デザインチームに協力してもらいながらデザインツール上で編集作業をします。

翻訳ツールのAPI連携に携わったり、度々起こるツールのエラーやバグのトラブルシューティングをエンジニアと協力して解決したりなど、インハウスでの作業はかなりテッキーです。よって、基本的なITスキルがあり、htmlやCSSを毛嫌いせず、最新ツールを積極的に学ぶ姿勢のある人は有利だと思います。

5. 校正技術を身につける

翻訳者は、編集者でもなければならないと思います。その点はライターと一緒で、翻訳された文章が読み物として成立することが大切だからです。文法チェックや誤字脱字、漢字を開くか閉じるか、カナ表記か英語表記かなど、全般的な校正技術が求められます。

翻訳者は原文から逸脱しすぎないように神経を使うので、訳された文章がどうしても不自然になってしまうことがあります。ただし、読み手にとっては、それが日本語で書かれたものか翻訳されたものかは関係ありません。翻訳したら終わり、ではなく、日本語の読みもとして頭にすっと入るコンテンツであることが大切です。

6. Terminology管理ができるようになる

会社が成長するには、製品や機能に関する用語が統一されていなければなりません。全部署とコンテンツが同じルールのもとで製品を紹介しなければ、一貫したメッセージを伝えることができず、顧客はもちろん社内でのミスコミュニケーションにもつながります。企業によってはTerminologist(ターミノロジスト)」という役職を設けている場合もありますが、あまり一般的ではありません。

ソース言語を各リージョンの用語にローカライズするローカリゼーションチームは、企業がグローバルに成長するための鍵を握っている、といっても過言ではありません。実際に、用語集を作成し管理するスキルはとても重宝されます。

 

将来も翻訳に関わる仕事を続けていくには、以上のようなポイントが大切だと思っています。AI技術の進化を恐れ、仕事がなくなるかも、と怯えていても仕方がありません。逆に、私はこれからの翻訳技術でどんな新しい機会が創出されるかに注目したいし、その発展に貢献できればと考えています。DX化はすべての業界で起こっていることですから、ぜひ前向きに考えていきたいものです。

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