英語を心で感じるということ

tukaerueigo-study-english-26

 

私は、かれこれ英語を日常的に使う生活を20年以上送っています。海外生活を始めて3、4年目位から、英語の生活にほとんど不自由さを感じなくなりました。今では、内容が専門的でなければ、情報収集をしたりノンフィクションの本を読んだりするのも、ストレスを感じずにできます。 北米やヨーロッパの文化や習慣も、長年の海外生活を通していろいろと吸収してきたつもりです。

しかし、自分にはどれだけ頑張っても越えられない言葉の壁があることを感じています。それは、「英語を心で感じること」です。言葉の意味が理解できる、できない、を越えた、もっと先の次元にあるものです。

例えば、英語でコメディなどを観ていて、言ってる意味が100%分かっても笑えない時があります。それが何で面白いのかとネイティヴスピーカーに聞くと、”It just sounds funny”という返事が。相手も理由が説明できないし、私も感じることができない、表面的な言葉の意味を越えたところにあるユーモアです。

もう一つの例ですが、私は英語で書かれた小説を日本語のときのような深いレベルで読むことができません。いくら読み込んでも、同じ感覚で夢中になったり楽しめないのです。文章の内容を理解し、面白い表現を味わうことができたとしても、心にがつんと響く感情を英語で体験することがほとんどありません。

それを顕著に実感するのは、体調が悪くて家に閉じこもっているときです。ベッドから起き上がって何か読みたいなと思ったとき、手に取るのは日本語で書かれた本です。英語で読んだとしても雑誌ぐらいで、内容が込み入った洋書は読む気にもなれません。

私たちは、言葉の音の響きや発話者の間の取り方などからいろんな意味を汲み取ったり、本に綴られた文章を目で追いながら、そのリズム感を楽しむことができるのだと思います。

言葉に揺さぶられる感覚や、心にジーンとくるような体験は、幼少の頃からその言語に触れていなければ、習得することができないのではないかと思うようになりました。

私にとって、母国語である日本語と英語のギャップは一生かかっても埋められないと思います。これでは、本当のバイリンガルとは言えないのではないかとも感じます。英語を通じて得た情報を、どれだけ真に理解しているのかと疑わざるをえません。

英語から感情的な安らぎを得ることができるようになったら、初めて「自分のものになった」と言うことができるのでしょうか。 言葉の表面的な意味だけにとらわれずに、心で感じることを意識するのはとても大切だと思います。一文づつ、一言づつ、しっかり受け止めていけるようにしていきたいと思います。

 

Share and Enjoy

  • Facebook
  • Twitter
  • Delicious
  • LinkedIn
  • StumbleUpon
  • Add to favorites
  • Email
  • RSS
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

関連記事

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

ページ上部へ戻る
EmailEmail
PrintPrint